2020年度 第2回 関東地区研究会報告書

2020年度 第2回 関東地区研究会報告

多文化関係学会 関東地区研究会報告
日時:2021年2月21日(日) 13:30-15:30
会場:ZOOM
講師:齊藤美野先生 (順天堂大学)
岡部大祐先生 (順天堂大学)

テーマ:「翻訳の遍在性・多義性と領域横断可能性の検討:新たな問いを発見するために」
報告者:叶尤奇(神田外語大学)

本研究会は15名ほどの参加者をもとに開催しました。齊藤先生と岡部先生には、翻訳の遍在性・多義性、翻訳を研究する際に用いる方法についてご講演いただきました。また、翻訳学と他の分野との領域横断の可能性について、参加者同士で議論を行いました。
まず、アイスブレイクとして、参加者はブレイクアウト・ルームに入り、「翻訳」と聞いて思いつくことについて、同じルームのメンバーと意見交換を行いました。その後、メインセッションに戻り、各ルームで挙げられた意見を共有しました。「文字を介した異文化理解」、「より分かりやすい言葉に転換する、情報を伝える」、「文章、文法」、「細かい、難しい」、「意訳・直訳」などがその例でした。
次に、齊藤先生は、「ある言語のテクスト(起点テクスト、Source Text)を、別の言語のテクスト(目標テクスト、Target Text)に置き換える行為」という翻訳の定義を提示し、書籍、映像作品、報道、マニュアル、衣服、食品、日本語という様々な具体例を取り上げ、翻訳の遍在性について説明しました。また、翻訳の多義性について、言語内翻訳、言語間翻訳、記号間翻訳という3つの翻訳概念(Jakobson 1959/2004)を、具体例を取り上げながら解説されました。特に、記号間翻訳という参加者の多くにとって新しいカテゴリーは「移し換え、非言語による解釈」であり、これは「言語を踊りや絵などの別の記号体系に解釈して表されるもの」であるとの具体的な説明がなされました。さらに、記号間翻訳の拡張例として、「絵を絵に翻訳する」、「人間以外の生き物とのやり取り」、「音を光・振動に翻訳する」などという翻訳の拡張例が紹介されました。
翻訳の遍在性と多義性の説明が終わった後、自身の研究と関わる3種類の「翻訳」というトピックをもとに、2つ目のアクティビティが行われました。参加者は、自身の研究と関連する「翻訳」の種類をチャットに入力しました。その際に、「日本語教育の場面で、学習者が理解できる範囲の日本語に置き換えること」や、「留学を希望する大学生は、これまで学習した英語をacademic Englishに書くこと」など、様々な実例が書き込まれました。また、岡部先生は、がん啓発のイベントという自身の調査フィールドにも3つの種類の翻訳があると語りました。例えば、マレーシアのがん啓発のイベントにおいて、英語情報を中国語とマレー語情報に翻訳することは言語間翻訳であり、医学言語を日常語に翻訳することは言語内翻訳であり、イベントに参加する人々の表情や会場のレイアウトなどをイラストや写真、文字などのフィールド・ノートに転換することは記号間翻訳であると説明しました。
さらに、齊藤先生は、翻訳学という専門分野において、何について論じられてきたかについて解説しました。その際、「等価」と「特定の社会・文化・歴史的コンテクストで実践される翻訳というコミュニケーション」という2つの研究方向が取り上げられました。それらの知識を踏まえ、齊藤先生は、翻訳学と他の分野との領域横断の可能性を提示しました。具体的に言えば、翻訳学の視点を取り入れると、「研究対象に『翻訳』が介在している可能性を考察できる」こと、「複層的にテクスト/事象を捉えられる」こと、「各テクスト/事象の間に存在する人・物(『翻訳者』)に意識を向けられる」ことが考えられると説明しました。そこで、岡部先生は、自身の研究に翻訳学の視点を取り入れれば、がん啓発のイベントという研究フィールドそのものが「翻訳」の産物であり、翻訳学の立場から新たな問いが立てられることを解説しました。
3つ目のアクティビティとして、「盗作・盗用・剽窃」という共通のテーマに関して、(1)参加者自身の専門分野の理論・概念を用いて、どのような問いが立てられるのか、(2)翻訳学の視点を取り入れた際に、どのような問いが立てられるかについて、各ブレイクアウト・ルームで議論され、その結果がメインセッションで共有されました。参加者の中から、「文化が盗作・盗用・剽窃という行為にどのような影響を与えるのか」、「盗作・盗用・剽窃はイノベーティブなものの源泉になりうるのではないか」、「翻訳自体が『盗作』ではないか」という問いが出されました。それに加えて、翻訳学の視点を取り入れると、「盗用されたテクスト(ST)と盗用テクスト(TT)の形式面(語彙・表現方法・文体)の類似点・相違点は何か」、「各文化・時代において、翻訳(STの存在を明示したTT)と盗用(STの存在を非明示したTT)の境界線はどこにあるか」、「STを明示していない、特定の翻訳書(TT=盗用)のSTは、どの作品(のどの部分)か」、「翻訳書(TTでありST)からの剽窃(TT)は、翻訳者の権利をどのように脅かすのか」という問いが立てられることについて、齊藤先生が説明を行いました。
最後に、岡部先生は、今回の研究会の趣旨について再び説明しました。すなわち、今回の翻訳学の視点から問いを立てるという実践を通じて、参加者に自分自身がなぜそのような問いを立てたのかという「問いを問う」(cf. 宮野 2021)ことを考え、自分自身の領域の限界に囲い込まれていることを意識することで、これまでの多文化関係学で提唱された「多面的・重層的・複眼的・通時的」(久米・松田・抱井 2011: 18)な視点を身につける契機にすることが、今回の研究会の趣旨でありました。




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