関東地区研究会報告2017年7月

関東地区研究会報告2017年7月

日時:2017年7月23日(日)午後1時〜4時
会場:明海大学(浦安キャンパス)2501教室

第1講演者:原和也先生(明海大学)
「石井敏先生を偲ぶ会」

報告者:武田礼子(成城大学)

関東地方は梅雨明け宣言をしたものの、7月23日(日)は東京湾から程良く涼しい風を運んでくれました。

その日は、2017年1月に逝去された石井敏先生を偲ぶ会が、門下生である原和也さん、小山慎治さん、海谷千波さんを中心に行われました。

会場には、生前、石井先生が学部や大学院の授業のために準備された資料が展示され、熱心に学生を指導されたお姿が想像できました。それと同時にその資料を大切に保存されていた原さんとの絆の深さを伺い知ることもできました。
一分間の黙祷を捧げたのち、石黒武人先生(順天堂大学)よりお預かりした石井先生のご研究に関する紹介の言葉で始まった会は、和やかな雰囲気が漂っていました。

はじめに原さんから、石井先生との思い出のエピソードの紹介がありました。その中で常に日本文化に根ざした研究を世界に発信することが石井先生の指導の中心にあったとのことでした。アメリカの異文化コミュニケーションの輸入や模倣をしないように、そしてアメリカ人研究者にはできない研究をするように、との先生のアドヴァイスは私たち日本人にオリジナリティーを追究することを求める貴重な教えであることが伝わってきました。

次に外国人に日本語を指導されている小山さんが、「遠慮・察し」という日本式のコミュニケーションの研究で著名な石井先生に師事されたきっかけをはじめ、思い出を語られました。想像以上に英語の文献を読まれたこと、また理論と実践との乖離など、悩みながら過ごされた大学院生時代を振り返られました。石井先生からは抽象的なアドヴァイスが多かった一方で、「教師そして異文化コミュニケーションの実践者としてのあり方を教わった」と語った小山さんにも石井先生の教えが根付いているのが理解することができました。

最後に海谷さんが、石井先生との数々のエピソードを紹介されました。初めてお二人で旅をしたのは2001年のブリティッシュヒルズで、その時、多文化関係学会が産声を上げつつあったことを思い出すと、「新しいパラダイムを求める」という研究の初心に戻る機会を先生から最後にいただいたと思うとのことでした。

その他にも、石井先生との多くの国内旅行に同行された海谷さんの話を聞きながら、さぞかし珍道中だったのでは、と想像が膨らみました。大学院生の視点と自主性を尊重する石井先生の下で指導を受けられたことで、門下生三名の現在の活躍があると言っても過言ではありません。

また、石井先生の奥様からお心遣いをいただき、ご自宅で経営される和菓子店から頂戴した茶饅頭が休憩時間中に参加者全員に振舞われるというサプライズがありました。大変濃厚な餡子が入った美味しい茶饅頭に舌鼓を打ちながら、参加者皆で思い出話しに花が咲きました。

門下生のお話、そして参加者が語る生前の先生との思い出を聞きながら感じたのは、求めていたもの以上に多くを与えることができるのが石井先生の魅力でないか、ということでした。その先生の魅力が、ネクタイ姿の遺影にみられた微笑みと重なったと感じたのは私一人ではなかったはずです。

石井敏先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
IMG_0358IMG_0396IMG_0400


第2講演者:田﨑國彦先生(パーリ・サンスクリット・チベット「平和の文化」研究所代表)
「アウンサンスーチーのノーベル平和賞受賞講演における<上座仏教の社会化>と<平和の構築>」

報告者:赤崎美砂(淑徳大学)

アウンサンスーチー(以下スーチー)は1991年10月14日にノーベル平和賞を受賞しましたが、当時は故国ビルマ(ミャンマー)で自宅軟禁状態であったため授賞式への出席が適わず、受賞講演は受賞21年後の2012年6月16日に行われました。今回の田﨑先生のレクチャーでは、スーチーのノーベル平和賞受賞講演の隠れた構造が上座(パーリ)仏教の四諦(したい)説にあるとし、彼女が上座仏教の社会化(民主化運動への活用)を通じて平和の構築(国民和解など)を目指しているという解釈が提示されました。言い換えると、英語によって表現された受賞講演を、上座(パーリ)仏教の概念を用いて解釈することを通じて、ノーベル賞受賞の意味とスーチーが提案する平和の意味を理解しようとする講演です。

現在、スーチーはロヒンギャ救済に積極的ではないという理由で批判されがちです。この批判について田﨑先生は以下の2点を指摘されました。ひとつは、彼女は民主化運動の指導者、政治家であって人道活動家ではないのにもかかわらず、これらが混同されることが多い点です。もうひとつは、軍政というコンテクストがスーチーの行動に制約を加えている点です。ミャンマーの民主化は半世紀余り続いた軍政の悪しき遺産を引き受けたうえで進めざるをえない上に、ビルマ国軍側がミャンマー民主化の失敗を待っているという状況下で民主化を進める困難が考慮されるべきであるという点です。

現在はこのような困難な状況下で民主化のリーダーとなり政権を握っているスーチーですが、彼女の経歴を見ると、多文化の中で生活し、その生活の中で培った民主主義をはじめとする異文化体験や自文化理解、及び仏教の理解と実践が彼女の国内外に向けたメッセージの軸を形成しています。ビルマ建国の父と呼ばれるアウンサン将軍の娘として生まれたスーチーは、15歳のときに母の赴任にともないインドへ出国して以来、イギリス、アメリカ、日本等の外国で暮らし結婚しましたが、帰国後に軍事政権によって自宅軟禁されます。彼女はこの自宅軟禁中にそれまでも身近であった上座(パーリ)仏教を再度研究し瞑想実修しました。

スーチーのノーベル平和賞受賞講演は英語で行われ、そのテーマは平和です。そこで述べられている平和はラテン語起源の英語のpeaceとは異なり、上座(パーリ)仏教の四諦概念に基づくものです。四諦は、苦、集(暴力という苦の原因)、滅(集を取り除いた平和の状態)、道(滅に至る非暴力的な過程)の4つの要素で成り立っています。

peaceの語源とされるラテン語のpaxは征服・支配による平定(平和)を意味します。一方、スーチーは平和をbeneficial coolness(煩悩の火の停止による心の鎮まった冷静で効力のある状態)としています。スーチーは、様々な形の暴力(直接的・構造的・文化的暴力)が支配し人々が苦しんでいる社会(苦・集)を、慈悲を行動指針とした人々による共同の努力や連帯などの非暴力的方法(道)によって、平和的人間社会へ転換すること(滅)が平和構築であるとしています。これは仏教の社会化による民主化の提案であると解釈することができると田﨑先生は主張されました。

ノーベル平和賞受賞講演を英語で行うにあたり、ビルマの伝統文化(上座(パーリ)仏教)を自文化とし、複数文化での生活経験をもつスーチーが、講演を異文化コミュニケーションとして位置づけ、言葉を選び説明を尽くす努力をしたことは想像に難くありません。しかしながら、英語を媒体としているために、聴き手が英語を母語とする人々の解釈に準じて講演を解釈する可能性が高くなることは否めません。今回の説明をお聞きして、スーチーが講演で意図している意味――例えば慈悲という点から理解すべきkindness―∹を理解するには、上座(パーリ)仏教の枠組みを理解することが必要であることを実感しました。よく言われていることですが、他者の発言を解釈するにあたっては、発言者の現実認識の枠組みを理解する、あるいは想像することが重要であることを再認識する機会となる講演でした。

第1部の静かな述懐とはまた趣が異なりますが、第2部の田﨑先生の厚い配布資料を用い張りのある声で行われた講演もまた、石井先生の学問に対する真摯で情熱あふれる態度を共有する場となりました。

IMG_0373IMG_0387IMG_0390




コメントは受け付けていません