2010年 活動内容

2010年12月19日(日) 中国・四国地区研究会報告

場所: 岡山大学・文化科学系総合研究棟・総合演習室2
テーマ:「第二言語、第三言語の使用と異文化適応」
     Using L2 and L3 and Cross-cultural adaptation

話題提供者:ミラ・シミッチ-山下(Mira Simic-Yamashita) 岡山大学社会文化科学研究科研究員
ミラ・シミッチ-山下さんは、東欧のセルビア出身で、現在日本に住み、日本語と英語を用いて、心理学の研究活動を展開中しておられます。ベオグラード大学をご卒業後、岡山大学で博士(文化科学)を取得された、セルビア語、英語、日本語のトリリンガルです。 今回は、在日留学生対象の、量的・質的手法を用いた一連の調査研究を総括して発表されました。この研究は、「第二言語としての英語、第三言語としての日本語」と異文化適応との関係を、WTC(willingness to communicate:意思疎通しようとする意志)の観点から解明しようとするものです。ホスト言語(日本語)と媒介言語(英語)では、異文化適応に異なる働きをしており、これらの二言語が一種のシーソー関係にあり、媒介言語の利便性の高さがホスト言語の習得や活用を低める可能性があること、社会生活や学術活動における言語的オルタナティブがホスト言語の必然性を緩和し、媒介言語に頼った独特の適応が促されていく可能性があることが注目されました。
日本語と英語を併用して、学部生も含む参加者全員が発言しながら質疑応答と議論を行い、日本社会の文脈下における社会文化的適応を再考する好機を得ました。地区会員以外の方にもおいで頂けて、幸いでした。討議後には、クリスマスツリーにぶら下げたお菓子を順に取り、また簡単なクリスマス風のケーキを暖かいお茶とともにいただき、和やかなひとときを過ごしました。
文責: 田中共子(岡山大学社会文化科学研究科)


2010年8月9日(月) 北海道・東北地区研究会報告

場所: 北星学園大学 第2研究棟地下1階第一会議室
テーマ:「新しい研究へのまなざし」
今回は、3名の話題提供者が、「新しい研究へのまなざし」というテーマのもとに、それぞれ個性豊かで熱気あふれる研究発表を行った。以下は、3名の話題提供者の発表タイトルと概要である。

話題提供者(1):石黒武人氏 (Taketo Ishiguro)明海大学
発表素材:「多文化関係研究における対話的構築主義アプローチの有効性と限界」
Usefulness and Limits of Dialogic Constructionist Approach for the Study of Multicultural Relations
話題提供者(2):佐藤美希(Miki Sato)札幌大学
発表素材:「学問分野としての翻訳研究(トランスレーション・スタディーズ)と日本への展開の可能性」
Translation Studies as an Academic Discipline and Its Potential in Japan
話題提供者(3):河原歳也 (Toshiya Kawahara) 北星学園大学
発表素材:「メディアの役割と今日的課題:ジャーナリズム日米比較再考(報道の現場から)」
The Role of Media and Its Contemporary Issues: US-Japan Comparison Reconsidered (A View from a Journalist)

石黒氏は、質的研究の一手法として最近注目されている対話的構築主義に依拠したライフストーリー・インタビューとデータ分析の方法について発表された。具体的には、まず、調査協力者を様々な社会関係の集積の場にいる者と仮定し、インタビューを通じて協力者と調査者が相互行為的に構築するストーリー(言語的表象)を手掛かりにして、協力者の認識世界とその背景にある文化を理解しようとする質的研究法であるとされる対話的構築主義の基本的捉え方について初学者にもわかりやすく概説された。その後、自身の行った多文化組織(英語学校)に働く人々に行ったライフストーリー・インタビュー記録の紹介を織り交ぜながら、このアプローチが持つ有効性ならびに研究を進める上で遭遇する問題点や限界について議論された。
次に佐藤氏は、主としてヨーロッパで始まった翻訳研究(トランスレーション・スタディーズ)の流れを分析、概観し、日本での研究の現状について報告された。具体的には、1970年代 以前の学者たちによる翻訳研究から始まり、翻訳の文化的展開、翻訳規範の構築に向けた動き、さらには、2000年以降の社会学的アプローチに向けた動きなど、翻訳理論構築に向けての研究動向について概説された。最後に、この分野の研究は端緒に着いたばかりと言わざるを得ない日本での翻訳研究の流れと現状について報告された後、現在日本以外で関心が高まっている社会学的アプローチを応用した翻訳研究の可能性について、近年の翻訳出版状況との関連から議論された。
最後は、日本で数少ない英文ジャーナリストとして活躍された経歴をもつ河原氏が話題提供された。氏は、ジャーナリストとしての長年の経験を通して培った洞察力を基に、日米のジャーナリズムのあり方を比較文化的な視点から議論された。具体的には、新聞の発行部数、社説での論調、ジャーナリストの身分職種、職業観、大学の教育制度などについて具体例を引きつつ、日米のジャーナリズムがその文化的、歴史的背景に多大なる影響を受けていることを比較対照しながら解説された。最後に、日本独自の記者クラブ制度の存在など、日本のジャーナリストが取り組むべき問題点の指摘をして、話を終えた。
質的研究法、翻訳研究、ジャーナリズム比較研究と、学際的な当学会にふさわしく様々なアプローチからの話題提供となったが、それぞれの発表で当該分野に深い関心を持つ熱心な参加者の皆さんのおかげで活発な議論ができ有意義な研究会となった。
(長谷川典子)


2010年7月10日(土) 中部・関西地区夏季研究会報告

(今回は異文化コミュニケーション学会関西支部合同研究会とした)

場所: 龍谷大学 大阪梅田キャンパス
テーマ:「多文化社会に求められる言語教育」

話題提供者(1): 松田陽子 (兵庫県立大学経済学部)
発表素材: 「オーストラリアの言語教育政策の重層性―多文化主義の視点から」(Multilayered structure of Australian language-in-education policies: Focusing on Multiculturalism)
「多文化社会に求められる言語教育」というテーマのもと、松田先生にはオーストラリアの言語教育政策に関するご自身の20年間に渡る研究の集大成をご披露いただいた。まず、1970年代の創成期から現在に至るオーストラリアの多文化主義の変容について、NPL(言語に関する国家政策)、ALLP(オーストラリアの言語・リテラシー政策)、NALSAS(アジア言語文化特別教育プログラム)という3つの言語政策を通して語っていただいた。ここで、これらの政策が政策決定機関により「トップダウン」で決定されたものではなく、コミュニティや学校関係者、言語問題関係者などによる社会の多様なニーズから生まれた「ボトムアップ」の力、および、これら双方の架け橋となった人々やネットワークの「媒介力」により成立したことを知り、多文化社会オーストラリアの原動力を垣間見た思いがした。
他方、多文化主義の柱の1つである「経済的効率性」が、経済的に重要なアジアの言語・文化の習得に焦点を置くアジア重視政策に影響を与えているとの指摘があったが、多文化主義のもう1つの柱である「社会的公正(平等)」と今後どのようにバランスをとっていくのかは興味深い課題である。
また、1990年代後半頃から広く使われるようになった「異文化間言語学習」という学習パラダイムの中で紹介された「第三の場」という理論は、相手(他者)の言語文化だけではなく、学習者(自己)自身の言語文化への理解を促し、相互交流の場(第三の場)で双方にとって適切なコミュニケーションを可能にする異文化間コミュニケーション力を醸成しようとする考え方であり、異文化間コミュニケーションで言われる「第三の文化」に通じる視点であると感じた。
最後に、松田先生のこのテーマに対するほとばしるばかりの情熱とその真摯なご研究の姿勢に深く感銘を受けたことを記したい。
文責:中川典子(流通科学大学)

話題提供者(2): 友沢昭江(桃山学院大学国際教養学部)
発表素材: 移動する子どもの言語教育―日本型の移民社会の可能性との関連において」(Language education of “migrating” children ? searching for an immigrant society of “Japan model” )
人口の減少に歯止めがかからない日本においては、「人口の減少分を外国人の受け入れで補うことが『活力ある社会を維持する道』」ではないかと提言する坂中英徳氏(移民政策研究所)の議論を踏まえ、日本が「育成型」移民社会を目指すとすれば、日本における外国人の子どもの言語教育が大変重要な意味を持ってくる。
国際的責務、歴史的経緯、労働力不足、経済協力などの様々な理由で日本は移民を受け入れてきてはいるが、母語と日本語の「二言語環境にある子ども」は、多文化化が進む日本社会の「資産」として理解されるのではなく、一般的に問題視されることの方が多い。日本語話者への急速なシフトによって家庭内でのコミュニケーションに軋轢を抱えているとか、日本語で行われる授業についていけなくなり学力低下を引き起こしている、などである。日本語指導が必要な外国人児童・生徒に対する明確な言語教育の施策が、日本型移民社会の実現を可能にするための一助となるのではないかとの指摘があった。
報告者:金本伊津子(桃山学院大学)


2010年7月10日(土) 九州地区研究会報告

場所: 九州大学・伊都キャンパス比文・言文教育研究棟第8ゼミ室

テーマ:「グローバルリテラシー(国際対話能力)の実践と検証」
話題提供者:谷雅徳氏(関西大学)

今回の九州地区研究会は「グローバルリテラシー(国際対話能力)の実践と検証」と題して、コミュニケーションとは何か、グローバルリテラシーとは何かについて考えるというものだった。谷雅徳先生が示されたグローバルリテラシーの真髄は、相手を理解しよう、相手に伝えようというエネルギーであった。講義は「言葉に頼って本当の意味での国際的な対話ができるのであろうか」という谷先生の問いかけから始まり、グローバルリテラシーとは何かについて、具体的な実践例を挙げながら先生が示し、最後に参加者全員で議論するという形で進んだ。実践例は、谷先生が越前屋俵太時代に経験されたものであり、ここでは今回のテーマを最も顕著に表しているものをとりあげる。
越前屋俵太時代に、フランスの首相が「日本人は蟻のようだ。小さな家に住んで、毎日せっせとひたすら働いている」という失言をしたという出来事があった。この発言は日本人の尊厳を傷つける発言であり、当時日本、フランスの両国で問題となり、外交問題に発展するのではないかまでと思われていた。そのような状況の中で、谷先生は日本のテレビ局から「フランス首相の発言に対して物申すような企画」の依頼を受けた。そこで谷先生が行った企画は、日本人である谷先生が蟻の着ぐるみを着てフランスに乗り込み、フランス国民、ひいては首相自身に「日本人は本当に蟻だと思うか」について日本語でインタビューするというものだった。アポイントなしで首相官邸に乗り込んだ蟻の格好をした日本人は、もちろん首相との面会を許されるわけもなく門前払いされるという結果に終わった。しかし、その後この突撃取材は「蟻の格好をした日本のコメディアンがフランス首相の失言に対して抗議すべく首相官邸を訪れた」というニュースとしてフランス全土で報道され、この蟻の格好をした日本人は一躍有名になった。このユーモアを取り入れた方法によって、日本側の怒りを伝えるという目的は果たせたのであった。この実践例から、国際対話の場面では流暢に言語を駆使することよりも、自分のメッセージをきちんと伝えること、相手のメッセージをしっかりと理解しようとすることが大切だと示された。また、メッセージのやりとりには、時にユーモアが非常に有効な潤滑油として機能することがあるということも同時に提示された。
今回の先生のご講演では、グローバルリテラシーにおいては、相手としっかりコミュニケーションをとろうというエネルギーが重要であるということを教えていただいた。参加者の大半が日本語教育を専門とする者であった今回の研究会において、「言葉を越えたコミュニケーション」というグローバルリテラシーの視点は新鮮であり、コミュニケーションの根源的なあり方を再認識させてくださるものだった。
文責:藤美帆(九州大学大学院比較社会文化学府院生)


2010年7月3日(土) 関東地区研究会報告

場所: 立教大学

話題提供者(1): 平山修平 青山学院大学 (Shuhei Hirayama, Aoyama Gakuin University)
発表素材: 医師と患者のポジショニング “Physician-patient positioning in their face-to-face communication”

医師と患者の関係は、通常平和的な状態からスタートする。しかし、医師を信じ安心してすべてを任せる状態の後に好ましくない結果が生じた場合には、患者は医師の行為やモラルを疑い、不信を抱き、感情的に激しく批判する状態に陥る。一方、医師も患者の権利意識が極度に高まると、フラストレーションや無気力感に苛まされ、むなしさなどの情動が生じ「医師崩壊」といわれる現象が進んでいく。
このようなプロセスを辿る原因は、一般に医師と患者の医療に関する価値観の違いにあると考えられてきた。しかし、平山氏は両者の情動的プロセスそのものに焦点をあて、これまでとは異なる視点でそのメカニズムを明らかにした。 平山氏によると、このプロセスには患者の感じる「シェイム」が大きく関与しているという。患者の感じるシェイムとは、1)病を患って生じるシェイム、2)医師に威圧されて生じるシェイム、そして、3)医師の弁明に対して感じるシェイムで、これらのシェイムを医師との間に繰り返し感じ続けるうちに、両者の葛藤が一気に深刻化するという。
また平山氏は、これら患者のシェイムに対応する3つのアイデンティティー(1.「病を持つ者」、2.「被治療者」、3.「消費者」)を想定し、医師と患者間の葛藤の理論化も試みている。これらのアイデンティティをSheffの部分総体的推論を用いて分析し、医師が患者の消費者としてのアイデンティティのみに対応し防衛的な反応を示せば、患者の他のすべてのアイデンティティが影響を受けて傷つき、結局患者が医者への「依存から批判」へと一気にその態度を変化させると結論付けている。
今回の研究結果が医療に貢献できることとして、平山氏は「対話自立型」の葛藤解決法や「シェイムの安全な放出方法」のためのコミュニケーション・トレーニングなどを提唱しているが、これらは医療現場だけではなく、異なる属性を持つ他の集団、例えば教師と学生、上司と部下、先進国と発展途上国などにも広く活用でき、この新しい視点を取り入れた異文化コミュニケーション研究が今後も期待される。
文責:穐田照子(桜美林大学)

話題提供者(2): 石川准(静岡県立大学)(Jun Ishikawa, Shizuoka Prefectural University)
発表素材: 「テクノロジーとアイデンティティ」 “Technologies and Identity”
石川先生は、ご自身が全盲でありながら、障害を持つ者の自立した生活を支援するためのソフトウェアとその他支援機器の開発、サポートに取り組んでいる。支援技術(Assistive technology)における障害者向けテクノロジの開発者vs.ユーザー、また異なる技術アプローチ間におけるポリティクスについて、主に視覚障害者向けソフトウェアの開発、読書支援技術と歩行支援技術の事例を紹介しながらお話くださった。
障害者によるパソコン操作を実現可能にするソフトウェアは、ユーザーだけでなく開発とサポート担当者も障害者であり、それぞれが対立する。ユーザーから寄せられる苦情は、原因を切り分ける情報が不明確なために、サポート側が解決策を迅速に提示できずに生産性が低下する。また、開発者がサポート窓口を兼務することにより負担を強いられることもあった。いかにしてユーザーの要望に応えつつ、開発者を守ることができるのかという問題が根底に存在する。
読書支援技術と歩行支援技術においても視点の相違による対立がある。読書支援には、OCRソフトを通じて音声を聞く聴覚サポート機能、iPadやKindleなどの書籍読み上げ機能、録画機能も装備した「しゃべるテレビ」などがある。歩行支援においても、点字ブロック、ホームドア、GPS、電子タグ等のアプローチがあるが、それぞれが対立している。どの支援技術においても単独のアプローチだけではアクセシビリティが低いが、ユニバーサルデザインと支援技術の双方の協同によって向上し、より良く実現する。例えば、居場所がわからない時に周囲の人に聞くよりも、これら技術の応用によって自ら把握できることこそが大切だと石川氏は主張した。
米国で開発されたiPhoneには音声読み上げ等の障害者向け技術が搭載されていることを、石川先生の実演を通して初めて知った。日本においても制度化し、そのような端末が障害者の方々に多く提供されることを期待する。
文責:久保田佳枝 (立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科博士後期課程)


2010年3月13日(土) 関東地区研究会報告

場所: 立教大学

話題提供者(1): 能智正博(東京大学)
発表素材: 「質的分析の教育―異文化のテクストを読む姿勢を教える」 Teaching qualitative analysis: Approaches to reading intercultural texts
「大学で文化をどのように教えるか」というテーマであったが、大学で教鞭を取られる先生方だけでなく大学院生の参加も多く、質的研究がさまざまな分野で関心を集めていると改めて感じた。能智先生は、質的研究をどのように進めて行くか、質的研究を進めるにあたって何が重要か、学生や院生の指導という視点から解説してくださり、ご講演後にはさまざまな立場から質問が寄せられた。
言葉とは単なるコードではなく文脈によって多義性を持つため、質的研究のはじめの段階では文脈の中のデータに向き合いテクストを自由に読むことが大切となる。2、3人のグループでブレイン・ストーミングして気になる点を見つけ、さらにデータと対話しながら理解を深めるうちに読み手側も変化し、胃袋が大きくなるという。自分の枠組みの変化を記録しておくことも必要である。質的分析では、「解釈学的円環」と呼ばれるこのようなテクストと研究者の対話が基本となる。
「ラベリング評価ゲーム」という先生の授業の一端もご紹介いただいた。グループに分かれ、各ラベルについて4人が一斉にAからDのカードで評価を下す。こうして他人の評価を知ることは、良いラベリングとはどういうものか、学生が考えるきっかけになるという。
質的研究ではデータと真摯に向き合うことが大事であり、データととことん「戯れる」ことによって、ダイナミックな視点の移動という研究の醍醐味を味わえることを教えていただいた。
文責:津田ひろみ(立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科院生)

話題提供者(2): 田中共子 (岡山大学)Tomoko Tanaka, Okayama University
発表素材: 「質的心理学研究を用いた文化の研究方法とその指導」 Using and teaching qualitative psychological methods in researching culture
岡山大学の田中共子先生は、研究管理と研究法の指導に関する御自分の教育実践の要点とプロセスを、集まった会員に対して惜しみなくまたエネルギッシュに披露してくださった。
まず、文化を文脈性のある磁場として捉えると、文脈性の解読に向いていてかつ既存の研究系譜から離れた発見に焦点をあてやすい質的研究は文化研究との親和性が高い、という認識からお話が始まった。その前提にもとづき、実際の学生指導では、学生の志向と能力を考慮し量的研究と質的研究のどちらかの適切な研究法を提示し、たたき台に基づいた添削を指導の基本型とされているとのことである。
論文作成過程全体の指導プロセスも説明され、学生が明確な「地図」をもって研究にあたることが可能になるシステムを田中先生が提供されていることがわかる。学生が全体図を把握できるよう論文作成から掲載までのプロセスを可視化する、論旨の構成を図やアウトラインとして描かせる、論文に題をつけ論旨の明確化を図る、研究実現性に関しては忌憚ない見解を示し学生にありがちな研究万能感をコントロールすることなどが示された。
田中先生のお話は情報量が多くここにとても全てを書くことはできないことが残念だ。学生の指導にあたる者にとって非常に具体的かつ示唆に富み、お話し下さった田中先生に感謝申し上げるのと同時に、教員が自身の教育プロセスを振り返り言語化して次の指導に活かすことの重要性を再認識した機会でもあったことを読者の皆様にお伝えしたい。
文責:赤崎美砂(淑徳大学 )


2010年2月28日(日) 中部・関西地区春季研究会報告

場所: 龍谷大学・大阪梅田キャンパス

テーマ:「二極化する日本の多文化共生の実情」
話題提供者(1):藤井幸之助氏(神戸女学院大学非常勤講師)
発表素材:「日本における民族排外主義団体の最近の活動について」
話題提供者(2):花立 都世司氏 (大阪市社会教育主事)
発表素材:「自治体における外国籍住民施策について~大阪市の事例をもとに」

話題(1)では、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」と呼ばれる団体による、朝鮮学校に対してヘイトクライムさながらの暴挙が映像を通して紹介された。在日コリアンの子どもたちが学ぶ朝鮮学校に拡声器を持ったグループが押しかけ、マイクの大音響で「スパイの子どもたち」「朝鮮学校を日本からたたき出せ」と拡声器で怒鳴り散らす暴挙の映像はショッキングなものであった。
社会背景として、不況や、政権交代後、在日外国人の地方参政権に関しての議論が本格化したことが考えられる。また、政府は、高校授業料を実質無償化する予定をしているが、朝鮮学校を対象から排除すべきという意見があり、政府や国会で議論が起きていることも考えられる。研究会では、朝鮮学校のカリキュラム内容について質疑応答があったが、ヘイトクライムさながらの行動に対して、断固とした姿勢を取らない姿勢こそ問題であるという意見が参加者から出た。
話題(2)では、多文化共生推進のための大阪市の多様な施策が紹介された。外国籍住民施策として、大阪市では、「国際交流や国際協力を通じて世界へ貢献するまち」の実現をめざし、国際化施策の推進に取り組んできている。市域に居住する外国人は地域社会を共に構成する「外国籍住民」であるという観点から、いわゆる「内なる国際化」、「共生社会の実現」という課題が国際化推進のための一つの柱になっている。1994年11月に「大阪市外国籍住民施策有識者会議」(以下「有識者会議」)が設置され、国際化に対応した総合的な外国籍住民施策のあり方について、専門的な見地から意見交換、調査、検討などが行われている。一般の人たちが理解しやすい啓発資料として大阪市の住民を100人村にたとえた色彩豊かな統計資料が作成され、国際結婚や外国にルーツをもつ子どもたちの増加が視覚的に理解できる内容となっている。
文責:李洙任(龍谷大学)




コメントは受け付けていません