2007年 活動内容

2007年9月29日(土)九州地区研究会

会場: 九州大学六本松地区キャンパス本館2F第3会議室にて開催(参加者: 14名)

(1)「異文化間における対人関係価値志向性の多角的分析–滞日留学生と日本人学生の人間関係の改善に向けて–」
話題提供者:
谷之口 博美(山口大学国際センターJ-cat研究室勤務。日本語教育、異文化コミュニケーション)

本研究は日本に滞在する留学生と日本人学生との間で友人形成が難しいという現実を踏まえて、それがお互いの価値観の違いによるものだと仮定し、その相違を明らかにする「対人関係価値尺度」を作成し、調査を行ったものである。発表は先行研究の説明に時間がとられ、留学生問題や価値観についてのこれまでの研究について丁寧に説明された。しかしその後調査の結果に飛んでしまい、後の質疑応答では「プロセスが分かりにくい」という批判も出ていた。
調査の結果からは、日本人の対人関係価値志向である「傍系=直系>個人」の、特に「傍系=直系」という、二つの価値志向性が混在した複雑さを留学生が読み取ることが出来ていないことが明らかになった。さらに「日本人観」のみならず「自国での価値観」と「日本での行動」についても同項目で調査したところ、自国での価値観には二つの価値志向性が混在する「二価値混在型」が存在し、しかも多数派を占めていたことがわかった。また、「単一価値志向型」よりも「二価値混在型」の方が日本人観に整合性が見られた。ここに両者の認識の差が示されたことになる。
今後はデータの数を増やし、検定をかけてみることによって各項目を特定してゆき、尺度作成にむけて研究を続けたいということであった。

(2)「多文化社会論の課題としての帰属心」
話題提供者:
石松 弘幸(福岡大学経済学部、福岡教育大学非常勤講師。政治理論、多文化社会論)

本発表では、チャールズ・テイラーやウィル・キムリカなどの多文化主義論とスーザン・メンダスの寛容論が紹介され、その意義と問題点について検討された。そして社会への帰属心という論点が今後の多文化社会論の理論的課題として提起された。テイラーやキムリカの行った多文化主義論の意義は、アイデンティティにとっての文化の重要性を指摘したこと、その尊厳の保証を試みたことにあるという。続いてスーザン・メンダスの寛容についての議論が検討された。メンダスは寛容の理念についてJSミルとジョン・ロックの議論を対比して考察し、ロックの社会統治のための合理性に立脚した寛容論を、自律を基調とするミルの自由論・寛容論より高く評価する。しかし、複数の文化が共存する今日の社会において、異文化・他者への寛容という理念そのものが、その内に寛容の対象となる他者=よくない存在・様式という了解を含むゆえに、適切なものではない。また、上の多文化主義論者の議論についても、多文化社会全体への帰属心という課題の実現という点では不十分である。なぜなら、多文化主義的措置によって、個々の文化共同体内での帰属心が実現されたとしても、他の文化集団との間に反目が存在すれば、多文化の共存する社会全体への帰属心は達成されない可能性があるからだ。こうして、多文化社会において解決すべき問題としての社会全体への帰属心という論点が提起され、そのために必要な新たな理念の必要性について言及がなされた。
今回は九州地区で二回目の研究会だったが、わざわざ山口や長崎からも駆けつけてくださったので、前回よりも賑やかな会合だった。発表のテーマ・分野は、全く異なってはいたが、参加者たちはそれぞれの発表に真剣に耳を傾けて、研究の方法や概念・用語の使用について質問を投げかけていた。いずれにしても、学ぶことの多い充実した研究会となったが、惜しむらくは二次会の参加者が少なかったことである。
文責:谷之口博美・石松弘幸


2007年7月21日(土)関東地区研究会

慶應義塾大学三田キャンパスにて開催(参加者30名弱)
「ヴェトナム文化を考える・語る」

(1)「ハノイの路地のエスノグラフィー:動きながら関わりながら識る異文化の生活世界」
話題提供者:伊藤哲司氏(茨城大学人文学部人文コミュニケーション学科教授)

(2)「ヴェトナム人の多文化接触:メンタルヘルス概念と女性の通過儀礼の変容」
話題提供者:鵜川晃氏(武蔵野大学人間社会・文化研究科博士課程後期2年生)

伊藤氏は、1998年ヴェトナム在外研究中のフィールワークについて、路地風景の写真や、図などを多用し、親しみやすい語り口で参加者を心地よく引き込む発表をされた。
家を借り住み始めた路地が、通行のためだけでなく、人々の生活の魅力的な場であることの発見から始まるお話でした。当初の「言葉の壁」が、それをものともしない当時2才の娘さんが、斜向かいの雑貨屋に出入りし強力な研究媒介者となり、ヴェトナム人の日常に自然とかかわりをもち、最後には、日本語・ベトナム語でエスノグラフィーを出版され、外国人から見たハノイの路地を描いたその本は、ハノイの人たちの関心をも大いに集めたとのことです。
こうして、異文化を「動きながら関わりながら識る」ことをご自身が実践され、その重要性を何度も強調されました。「客観的に観察をする」研究に対し、フィールドの人たちと積極的に関わり交わることを、半ば楽しみつつ、そこで識りうることを大事にしていく氏の研究姿勢が、鮮明に実感されました。
私の幼稚園教諭としての20年の間には、国外から来日し、母語とは違う環境で園生活を始める子もいます。初日、身動きもせず周りの様子を見ていて「泣き出してしまうかな?」と心配するのですが、しばらくすると好きな遊具を見つけ、遊び仲間に加わり、うなずいたりまねたりし始めます。「言葉の壁」を越えて遊ぶパワーに驚かされます。こうした私の経験と重ね合わせ、多様な文化に、動き、関わることの大切さをあらためて感じ、また、将来子どもたちが様々な人々と共生できる基盤をもてるよう、多文化を体験する保育の工夫をしていきたいと感じた研究会でした。
文責:高橋順子(東京都千代田区立九段幼稚園)

鵜川氏は、ご自身がかかわられた近年の二つの調査、1.べトナム人女性の妊娠・出産・産褥期に見られる通過儀礼がベトナムとの比較で、移住先の日本とカナダでどう変容したのか、 そして2.これら三国における、アルコール依存、うつ、統合失調症についての原因帰属をめぐるメンタルヘルス概念と、援助探索行動とにどんな違いがみられるのかを、丁寧かつ明快に発表された。最後に、病気の概念や援助探索行動における文化変容として、表面的な変化や適応、また家族による違いにかかわらず、さまざまな慣習の中に自文化が伝承されているのではないか、例えるとキャベツのように普遍的な部分(芯)と、少しずつ移住先の文化に影響を受け変容をみせる部分(葉っぱ)があるのではという考えを、示された。
インドネシア難民という言葉が何を指し、それは日本でしか使われていないという事実、日本の難民受け入れ政策の変化などマクロな背景をはじめ、日本人に馴染みがうすいベトナム人、ラオス人等民族的マイノリティーが日本に生活し、氏やその研究グループでは、彼らの文化に沿う形でのメンタルヘルスの支援を模索しているという、多文化社会日本の、現実と課題の一端が明らかにされた。質疑応答では、言葉や文化の壁を越えて調査する若い研究者の方法論や思索の刺激になる多数の質問が、学会内外の参加者から寄せられ、活発なやり取りが展開された。聞き取り調査で文化葛藤などでの苦労の際に、メールや愚痴日記は書いたが、フィールドノーツをつけてなかったので、今後してみたいといったことまで、和やかに話される研究会であった。
文責:手塚千鶴子(慶應義塾大学)


2007年7月14日(土)北海道・東北地区研究会

去る7/14(土)に第5回北海道・東北地区研究会が藤女子大学北16条キャンパスで開催された。45名の参加者の中には,遠路旭川市から参加された先生もあり研究会は盛会のうちに終わった。
第1部は(財)札幌国際プラザ外国語ボランティアネットワーク 多文化共生グループSKYによる活動報告,そして第2部では北海学園大学教授 藤村和久氏が「アイヌの異文化受容について」というタイトルで講演を行った。SKYは主に札幌市在住の留学生たちとその家族を対象にした支援活動を行っている。丁寧なアンケートやヒアリング調査を踏まえたその活動は,留学生たちの生活に密着した感があり,支援の質の高さが感じられると同時に,調味料リストを作成して留学生に提供するなど,きめ細かさも持ち合わせた内容であった。民間ボランティア支援グループは札幌ではSKYだけとの報告であったが,大学組織等との連携プレイが実現できれば,グループの札幌における留学生支援はさらに充実していくのではないかと思われた。
また,第2部では,藤村氏の長年にわたる研究およびアイヌ民族との交流から,アイヌの空間世界は遠大であり,彼(女)らにとって和人はそもそも「異文化」ではなかったということが指摘された。かつて自給自足を基本としたアイヌの生活は,異文化(他者・自然)を生かすことで成立していたのだという。国家という狭い空間しか持てなくなってしまったかにみえる現代人の多文化共生を考える時,こうしたアイヌ民族の思想に学ぶべきことは多く,また,アイヌ文化振興法施行後10年という節目の年に実に相応しい講演内容であった。
文責:北海道・東北地区研究会運営委員長 伊藤明美(藤女子大学)


2007年7月7日(土)関西地区研究会

関西学院大学大阪梅田キャンパス(参加者20名)

(1)「異文化から多文化へ -日本における『外国人とのコミュニケーション』
のイメージと実態―」
話題提供者:Teja Ostheider〔テーヤ・オストハイダー〕氏(近畿大学)

(2)「中国人と付き合う ― 大学交流の現場から見る -」
話題提供者:三宅亨氏(桃山学院大学)

(1) 発表は学生を対象とした意識調査のデータから始まった。「日本における外国人のなかで、どこの国の人が多いと思いますか?」(三位までの国名を回答させた)この問に対す る回答の一位は韓国・朝鮮、二位中国、三位アメリカ合衆国であった。実際にはわずか2.5%しかいないアメリカ合衆国からの人々のイメージは、実際には15%にも上るブラジ ル人や9.3%のフィリピン人のイメージよりも「多い」ことが示された。日本における「外国人とのコミュニケーション」について、そのイメージと実態のギャップが問題とし て強調された。日本で言われている「異文化コミュニケーション」=英会話、「英語第二公用語論」、「英語が使える日本人」などのスローガンが出てくる現在の日本社会のかかえる 問題点を指摘したうえで、オストハイダー氏がこれまで実施した調査データを下に、外国人と話すときに使用する言語、外国人の日本語能力に関する経験、「外国人」の象徴となり がちな西洋人に対する日本人の意識、日本語のイメージなどから一定の傾向を指摘された。
発表の後半では、外国人に対するコミュニケーション行動を左右する要因に、単に外国人の言語能力だけではなく、出身地による外見的特徴、また非外国人の経験、態度、先入 観や言語意識などのような「言語外的条件」が大きく関わっていることを指摘された。つまり、物理的また心理的な「言語外的条件」と対外国人言語行動が深いかかわりがあるこ と、それが日本人の「過剰適応」として現れていることを調査結果から示された。その中で特に問題にされたのが「第三者返答」である。つまり、日本人は話し相手であるはずの 外国人に返答するのではなく、その場にいるが本来は第三者である日本人に返答する傾向があるというものであった。
最後に氏は、異文化から多文化への展望として、外国人の出身国を問わず公平にコミュニケーションをはかれるような能力を身につけることが重要であること、また外国人に対 して使える英語能力よりも、日本語による対外国人コミュニケーション能力の育成が重要であることを指摘された。そのあとの懇談では、日本におけるコミュニケーション教育の 問題やその解決策についても積極的な意見が交わされた。今後のわれわれの課題として共有していることが確認された。
文責:中川慎二(関西学院大学)

(2) 三宅氏は、中国人との付き合いについて、歴史的なアプローチから分析をされた。1980年以来、外国教育と国際交流に携わり、20カ国あまりの大学との交流、留学生の派 遣や受け入れに関わってこられた。豊富な体験からの具体例をあげて、ユーモアをまじえ、非常にわかりやすく説明された。
中国の歴史を振り返ると、始皇帝から共産党独裁体制に至るまで、民意による政権は一度も存在していない。乱世・革命の繰り返しで庶民の生活や安全はほとんど顧みられなか った。国家・政府・支配者は庶民の生活を守らない「大統一」という中央集権のもと、庶民は、政治に関わることを避け、自衛策として、他人を安易に信用せず、自分の身は自分 で守る、集団よりは自己を優先する「一盤散砂」という個人主義という生き方を身につけてきた。一方、生き残るために、血縁や親しい友人とは助けあう、「多個朋友」「拉関係」 「走后門」という人間関係を大切にしてきた。赤の他人と、血縁や地縁で結びついた身内の間に、厚い壁を築いてきた。原理主義と現実主義という両面を兼ね備えている。中国人 との人間関係において、何よりも大切とものとされる「面子」は、表としての原理主義で、一旦「面子」(原理)がたてば、裏としての現実主義で対応するという柔軟性も持ち合わせ ている。「中国人と付き合う」場合、「まずは本音で語り合える友人関係を作りあげること」が大切である。その時には、何よりも相手の「面子」に注意することを強調された。
今後ますます必要性が高まると思われる中国人との付き合いにおいて、今回の発表では一つの枠組みが提示された。三宅氏が結びとされた「相手の文化・歴史を尊重すること」 「優劣をつけず文化の違いを楽しむこと」は、多文化間の関係性を考える際に、忘れてはならない大切な言葉をいただいたように思う。
文責:柳本麻美(桃山学院大学)




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